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第44回西部在宅ケア研究会「高齢者ケアにおける人工栄養の適応と臨床倫理:会田薫子 東大」に参加して(2012/3/14)

東京大学 死生学・応用倫理センター 会田薫子先生を迎えて
東京大学 死生学・応用倫理センター 会田薫子先生を迎えて
3月14日の西部在宅ケア研究会に参加した。今回は、東京大学で医療倫理をリードする会田薫子先生による高齢者ケアにおける人工栄養の適応と臨床倫理についての講演であった。渡邉ありさ先生も臨床現場で高齢患者の胃ろう造設についてレクチャーしてもらったが、本人の望む望まないにかかわらず、医療サイドの都合で胃ろう設置が決められたり、介護の大変な家族が胃ろうを希望して施設入所させたあとはほとんど訪ねてもこない、といったさまざまな問題があると聞いていた。
今回の会田先生の講演では、まずPEGでの胃ろう増設方法を開発したDr.M.Gaudererは、もともと口から食べられない小児のために考えたらしい。しかし、米国をはじめこれほどまでに高齢者に胃ろうが普及するとは予想してなかったとのこと。しかし、欧米をはじめとして終末期の高齢者に、栄養補給・脱水補正としての輸液や経管栄養は有害であるというコンセンサスがあり、日本ほど終末期の胃ろうは実施していないらしい。会田先生は10年ほど前に、国内で高齢者の終末期の栄養補給の話をすると、医者たちから「患者を餓死させてもいいのか」「栄養補給せずに死に向かわせるなんて虐待だ」と責められたとのこと。欧米では終末期の経管栄養補給の差し控えは緩和ケアととらえられているというのに。ここで会田先生は、生命と死を考えたときに生命の二重構造という考え方を示された。人間には「生物学的な生命」と「人々との関わりで形成された物語られるいのち」という2面性がある。そう考えれば、生物学的な生命だけを延ばすことが本当に患者の尊厳を保つことになるのか、最善の医療ケアといえるのかということが、別の面から理解される。また、医療側と患者家族間のコミュニケーションの問題も指摘された。医者は摂食困難になった高齢患者の対応として胃ろう以外の選択肢をほとんど示されておらず、その後の患者の経過予測なども説明されていない。このため家族は胃ろうを選択せざるえないという側面もあるらしい。そこで、会田先生たちは、医療サイドと患者家族が情報共有し合意形成するためのプロセスノートを作ったことも紹介された(http://www.l.u-tokyo.ac.jp/dls/cleth/ahn/index.html)。終末期には、胃ろうをふくめ人工栄養の差し控えは医学的にも倫理的にも妥当な選択であり、「餓死させる」ことではない。「本人の最善を関係者みんなで探るプロセス」がもっとも重要で、適切な合意形成ができれば法的問題はない、とまとめられた。
今回の講演を聞いて、高齢者の終末期の看とりの問題というのは、「人はいつか必ず死ぬ」という当たり前のことを、今の社会は見えなくさせてしまっていることが背景にあるのではないかと感じた。私自身をふりかえると、ひい爺さん・ひい婆さん・伯父・父は自宅で亡くなった。父は癌だったが入院をきらい最期は家で看取った。その時の看病する側の苦しさや迷いは今でもおぼえている。いっぽう、病院で亡くなった家族の最期の思い出はかすかなものである。病院・施設は「死」を日常から切り離してしまう。「人々との関わりで形成された物語られるいのち」という大切な側面をどうしたら守れるのか、そのために私たちは何をしなければいけないのか。いろいろなことを考えさせられた講演でした。(谷口)