トップページご挨拶スタッフ紹介研究成果教育目標活動報告掲載記事実習報告教室員募集リンク
情報リンク -Contents-
鳥取大学医学部 地域医療学講座
〒683-8503
鳥取県米子市西町86
鳥取大学医学部
第二中央診療棟4階
■TEL:0859-38-6660
■FAX:0859-38-6662
■E-mail:
stani@med.tottori-u.ac.jp


トップページ > 活動報告 > たたら資料館を学生と訪ねて(2014/7/8, 根雨)

たたら資料館を学生と訪ねて(2014/7/8, 根雨)

 7月8日に日野町にあるたたら資料館(たたらの楽校)を訪ねた。研究室配属の学生たちに、日野地区の歴史を知ってもらいたかったので、伯耆国たたら顕彰会会長の佐々木幸人さんにお願いして資料館でたたら製鉄の説明をしていただいた。
たたら製鉄は、宮崎駿の「もののけ姫」で題材となったテーマでもある。明治中期までの根雨は、たたら製鉄の近藤家を中心にたいへん栄えた町だったようだ。たたらの歴史は古く、魏志倭人伝までさかのぼるが朝鮮半島から由来した製鉄技術は、日本で独自の発展をとげ、砂鉄を多く含む中国山地はたたら製鉄のメッカになったたらしい。神話にあるヤマタノオロチ伝説の草薙の剣や天皇家の童子切りの剣など、刀剣のもととなる製鉄と鉄の生産量では日本随一を誇っていたようだ。大阪に鉄座が作られ、近藤家は一種の財閥となっていた。たたら製鉄のためには、膨大な砂鉄を含む土砂と製鉄のための薪が必要となる。生産工程から流通までを管理する一大コンチェルンだったのだ。ひとつの山に製鉄の村を作り、次の山に移動して木々がもどる頃に、また同じ山にもどる。地図でみると鳥取県西部の山々はその多くが製鉄場として利用されていたことがわかる。明治期に入っても、戦争があるたびに鉄の増産命令があり、おおいに潤っていたらしい。根雨地区というのは、いまでいう新日本製鉄のような大企業があったのだ。長いたたら製鉄の歴史の中で、山を削りだした土砂は日野川を下り、長大な弓ヶ浜を作り上げた、鉄の積み出し港として境村はいまの境港になった、明治期に導入した最新式の製鉄機器は、安来の日立金属へ払い下げられ安来興隆の礎となった。こう考えると、たたらと鳥取県西部の成り立ちにはきわめて深いつながりがあるわけだ。
 私は、この話を6月の教育研修センター設立会の時に聞いて、ぜひ学生たちに聞いてもらいたいと思った。地域医療を学ぶ上で、その土地の歴史や文化を知ることは、地域の人たちの来し方を知ることであり、豊かな想像力のなかで医療を見つめなおすことができると思うからだ。学生たちも興味を持って佐々木さんの話を聞いてくれたと思う。忙しいなかで丁寧にたたらの歴史を説明いただいた佐々木会長、本当に感謝いたします。(谷口)
たたらの楽校
たたらの楽校
たたら製鉄の説明
たたら製鉄の説明
たたらの歴史
たたらの歴史
たたら場のミニチュア
たたら場のミニチュア
佐々木会長と記念写真
佐々木会長と記念写真